大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)372号 判決 1972年4月24日
二〇四七号事件被控訴人、三七二号事件控訴人 朝来郡農業協同組合
理由
一、主債務の存否
《証拠》によれば、訴外会社が原告に宛てて原告主張のように本件約束手形五通を振出し、原告が現にその所持人であること、原告がその主張の日に右各約束手形を支払場所に呈示して支払を求めたところいずれも支払を拒絶されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、被告らは抗弁として、(1)本件各約束手形は昭和四一年一二月から昭和四二年三月までの間に原告が訴外会社に売渡したセメント代金支払のために振出されたものであるところ、本件の如く原告と何らの関係のない土建業者たる訴外会社に対し原告がセメントを掛売する行為は農協法第一〇条あるいは原告の定款による員外貸付制限の趣旨に反し原告組合の行為能力の範囲外の行為として無効である、また、(2)本件においては、原告と訴外会社間のセメント売買による代金およびその支払のため訴外会社が振出した本件約束手形金につき、昭和四二年二月八日原告と訴外会社間に現在および将来の債務を含め金三〇〇万円を限度とする等記載した借用契約書と題する書面(甲第六号証)を作成して準消費貸借契約が締結されたので、旧債務たる売掛代金債務および約束手形金債務は消滅している旨主張する。しかし当裁判所も被告らの右抗弁はいずれも失当であると判断するものであつて、その理由は次のとおり付加補正するほか原判決の説示するところ(原判決七枚目裏六行目から一〇枚目裏一二行目まで)と同一であるから、これを引用する。
1、原判決七枚目裏一一行目に「証人足立保の証言」とあるを「原審および当審証人足立保の証言、原審における原告代表者枚田章二尋問の結果」と改める。
2、原判決八枚目裏七行目「その交付を受けた」の次に「なお原告組合の販売取扱金額は年間九億円にのぼるものである」を加える。
3、右同九行目「農協法」とあるのを「農協法(昭和四五年法律第五五号による改正前のもの)」と改める。
4、原判決一〇枚目裏一行目「賛同しがたい」の次に左の説示を加える。
「なお、前記甲第七号証の原告組合の定款第五八条には、前記認定のとおり組合員以外の者にその施設を利用させる(本件セメントの販売行為の如く組合員以外の者の事業に必要な物資の供給をする場合もこれに包含される)要件として組合員の利用を妨げないことを規定しているが、前記認定の原告組合の年間取引量、本件取引の規模等に照らして考えれば、本件取引が原告組合の組合員の利用を妨げることになるものとは到底なし難いところである。」
なお、被告中村松一、同中村鶴蔵、同中村惣兵衛代理人は、本件における員外取引の主張は抗弁であり、これに対し員外取引が定款所定の要件を具備し有効であるとの主張は再抗弁に該当するところ、原判決が原告の再抗弁事実の主張もないのに本件員外取引を有効と判断したのは違法である旨主張する。しかし、農協法によつて員外取引が無効とされるのは、それが員外取引であることから直ちに無効となるのではなく、農協法ないし定款に規定される農業協同組合の目的の範囲外の行為であることによるものであり、員外取引であつても法ないし定款所定の要件を具備する取引は組合の目的の範囲内の行為として本来有効な行為であることに鑑みれば、本件取引が法ないし定款所定の有効要件を具備する旨の原告の主張は被告らの抗弁に対する積極否認であり再抗弁には該当しないものであるから、右の点について被告らの主張がなくても本件員外取引を有効と判断することは何ら差支えない(尤も仮に右主張を再抗弁と解するとしても、本件では原告は被告らの抗弁を争つた上本件取引は法律上も原告組合の定款上も有効である旨述べているので、再抗弁事実の主張があつたものと解することができる)ものといわなければならない。
右のとおりであるから、訴外会社は原告に対し本件各約束手形金の支払義務を負うものというべく、従つて、本件においては被告らの保証債務存在の前提となる主債務の存在を肯認することができる。
二、被告中村松一、同中村鶴蔵、同中村惣兵衛の保証債務の存否
《証拠》によれば、被告中村松一は訴外会社の代表取締役、同中村鶴蔵は副社長、同中村惣兵衛は専務取締役の各地位にあり、いずれも訴外会社の実質的な経営責任者であるが、原告組合から訴外会社が本件取引について個人保証を立てることを要求されるや、それぞれこれに応じ、昭和四二年二月八日付で原告組合に対し訴外会社が現在および将来負担する一切の債務について極度額三〇〇万円の限度で連帯保証債務(他の保証人との保証連帯を含む)をそれぞれ負担(根保証)したことが認められ、右認定に反する《証拠》は信用し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。従つて、被告中村松一、同中村鶴蔵、同中村惣兵衛は原告に対し連帯して本件各約束手形金合計金三〇八万八、七三五円および内金三六万六、〇〇〇円に対する昭和四二年五月三日より、内金一二二万〇、六一〇円に対する同年同月一〇日より、内金八九万二、一二五円に対する同年六月一二日より、内金六一万円に対する同年七月一〇日より各完済まで手形法所定年六分の割合による利息金(ただしそのうち金額三六万六、〇〇〇円の約束手形については原告主張の呈示の日の翌日以降商事法定利率年六分の割合による損害金)を支払う義務があり、原告の右被告らに対する本訴請求は右限度で理由がある(右金額三六万六、〇〇〇円の約束手形の呈示当日の損害金については理由がない)ものといわなければならない。
三、被告井上清、同岡田定吉、同相地鶴喜、同松上勝治、同正垣稔の保証債務の存否
本件においては、右被告らと原告組合間の保証契約の成立を認める根拠となり得る証拠としては、右被告ら名義の連帯保証契約書(甲第六号証)が提出されているところ、これによれば右契約書には原告組合と訴外会社間の継続的金融取引契約に基づいて訴外会社が現在および将来負担する一切の債務について右被告らが連帯保証する旨の記載があり、《証拠》によれば、右契約書中の右被告らの署名押印は一応その意思に基づいてなされたものと推認されるが、後記認定の右署名押印がなされた経緯からみて右被告らが原告組合に対し訴外会社と同一の支払債務を負担する意思の下に署名押印をなしたものとは到底認め難く、従つて右甲第六号証に基づき右被告らと原告組合との間に連帯保証契約がなされたことを認定することは困難であり、またこの点に関する《証拠》は直ちに信用し難く、他に右被告ら五名がその意思に基づき本件連帯保証契約をなしたことを肯認するに足りる証拠はない。かえつて、《証拠》を総合すれば、原告組合は前記のように昭和四一年一二月から訴外会社に対するセメントの販売を開始したが、かねて訴外会社に対し右取引により訴外会社が負担する債務について一〇名以上の保証人を立てるよう要求していたところ、昭和四二年二月八日頃前記のように訴外会社から被告中村松一、同中村鶴蔵、同中村惣兵衛のほか訴外会社の会計主任であつた原審被告中村均の署名押印のある連帯保証契約書が提出されたが、保証人の人数が少ない上いずれも親族であつたことから、原告組合側は右契約書を持参した訴外会社の現場監督藤本順一に対しさらに適当な保証人を追加するよう要求したこと、そこで右藤本は訴外会社へ右契約書を持帰つたが、右契約書については原告組合の係員から監査があるので早急に書類を整えてくれるよう言われたこともあつて、形式的に保証人の人数だけ揃えればよいと考えていたことから、現場事務所で偶々同所に居合わせた被告井上清、同岡田定吉、同相地鶴喜、同松上勝治、同正垣稔らに対し「農協からセメントを買うのに必要だから名前を書いてくれ」、「農協内部の監査があるから名前を書いてくれ」などと言つただけで詳しい説明もせず右契約書への署名押印を依頼したこと、右被告らはいずれも訴外会社の従業員で被告正垣稔が庶務関係の事務に従事していたほかは現場の労務者として稼働していたものであるところ、その資力も不十分でそれまで訴外会社の債務について個人保証したこともなく、右藤本より前記契約書への署名押印を求められた際にも債務負担の意思は全くなく、単に農協内部の監査の都合上形式的に書類を整備する必要があるものとの認識の下に、契約書の内容も読まずに署名押印をなしたに過ぎないものであることが認められる。
右のとおりであるから、原告組合と右被告ら五名間に連帯保証契約が真正になされたことを前提とする右被告らに対する原告の本訴請求は理由がないことに帰する。
四、以上の次第で、原告の被告中村松一、同中村鶴蔵、同中村惣兵衛に対する請求を前記限度で認容し、被告井上清、同岡田定吉、同相地鶴喜、同松上勝治、同正垣稔に対する請求を棄却した原判決は正当で、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却する
(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 上田次郎 弘重一明)